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生誕200年ダーウィンの名がすたる何事にせよあやかって世に出る書物の数は質と無関係らしい。この本から「ダーウィン医学」の文字を取り去れば、新しい視点があるわけでもなく、病気のメカニズムをせいぜい一知半解程度に解説した内容しか残らない。帯の「風邪を薬で治そうとするとぶり返しが起こりやすい」ことの生理的理由など、ブルーバックスを手にするような、科学リテラシーを備えた読者にはいまさらであろう。さらに、別レビューにも書かれているが、生物学が医学に無批判に干渉して生じる危険な空気すら感じる。同じ生命科学でも、種の維持という観点を重視する生物学と、個人の生命を救うことを絶対視する医学との断絶は、「ダーウィン」という便利な名前で埋められるほどお気楽とは思えない。さらに、歴史上出現した進化論を振りかざす危険な思想に、著者は都合よく目を閉ざしているのか。それだけではない。鳥類が「前肢を羽に変えて空に飛び上がるために、二足歩行にな
らざるを得なかったようにも見える」のは著者だけのようで、獣脚類の一部は鳥類に進化するはるか以前から二足歩行していた可能性が高いことは、恐竜好きなら子供でも常識の範囲だ。「おわりに」で「随所に間違いや思い違いが紛れ込んでいるかも知れない。もちろん、そうした点についての責任は全て筆者ひとりにある」と断ってあるとはいえ、正しくダーウィン医学を推進している医師や研究者は困惑しているのではないか。ダーウィンとおぼしき老医師がマスクをした猿を診察しているかに見える表紙絵に至っては「猿が進化してヒトになった」という進化論の根本にかかわる曲解を...
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藁にもすがる思いが…むくわれました。アトピーと、チョコレートホリックになやんでいた時に知人に勧められ、始めました。
スープを飲み始めて20日余りがたちますが、私の場合は体重に変化はありません。本にもありますが、もともと痩せている人はやせないそうです。
しかし、メタボの母は3.4キロ減量しました。肝心のアトピーは、若干まだかゆみはありますが凸凹だった皮膚がなめらかになり、チョコレートはほとんど食べなくても平気になりました。
なぜ、間食がしたくなるのか、理想の食事バランスは、など、毎日の食事の役にたつ情報もわかりやすく解説されています。
肝心のスープは、フードプロセッサーと計量器があればかなり簡単に作ることができて、わけのわからないサプリなんかを飲むよりはずっと経済的で安心できます
20日もたつと、はじめは「味がしない。。。」としぶしぶ飲んでいたスープもだんだんおいしく感じてくるようになり、なぜか日々の食事も良く噛み、素材の味がすごく感じられるように
なり驚いております。
悩みのアトピーが軽減されたうえに、そのほかの食事もおいしく感じるようになり、食べ物の嗜好がかわり、母は体重が減り、
私にはいいことづくめの本でした。
実話でまなべるいきた戦略!戦略とは何か、プロフェッショナリズムとは何かがわかる良書。
著者が体験した実話をもとに展開するストーリーは、ドキドキしながら読める。
楽しく読みながら、
リーダーは意思決定責任を含め、一体何をしなければいけないのか、そのポイントがよくわかる。
限られた経営資源の中で、今やるべき事業に絞り(やらないものは捨てるということ)
いかにシンプルな戦略をたて、それを現場に実行させ、フォローしていくか。
良い戦略は、お父さんが家に帰って、夕食を食べながら子供に説明しても
わかってもらえるくらいシンプルでなければいけない!
また、随所でベンチャーキャピタルについてもふれている。
ああ、幸せ自慢!もうべったべたなくせに、ちょっとしたことで浮気とか
「飽きられた」とか疑っちゃったり、
普遍的な悩みが可愛くて仕方ありません。
しかもそれが背広姿の美青年なんだから、たまりませんね。
ゲイバーで語られるゲイの人たちの会話は生々しい(ぽい)し、
相変わらず妙なところのディティールにこだわってる先生です。
Hシーンは淡白ですがめちゃくちゃ色っぽい。余白に悶々してしまう
感じ。
巻末のオタク青年と鬼塚とのエピソードは心なごみました。
「未来」へのヒントは「過去」にある明治大正、戦前の英語教育の歴史を辿ると、想像以上にレベルが高く、学習者の需要に合わせたかなり実用的な内容であったこと、更に、音声重視、実践的コミュニケーション力の育成に対しても非常に高い意識をもった取り組みをしていた事実に驚く。当時の英語教育がそっくりそのまま現在のものとオーバーラップしているようにみえる。むしろ実践自体は現在の教育よりもバラエティに富むものであったと感じるのは私だけだろうか。同時に、時代の流れに翻弄されながらも熱意をもって向き合い、英語教育に研究者として、教師として、また公教育以外の場で携わってきた無名の大家たちの大きな業績を思うと、尊敬の念を覚えずにはいられない。
英語教科書を媒体としてインプットされるのは学問的な知識だけではなく、明らかに何らかのイデオロギーが含まれる。単に言語だけでなく挿絵やその構図でさえもが教材となり、それを伝える手段となるのだ。戦時中の教科書から、教材のもつ威力と、教育のもつ「恐ろしい」一面を知らされることになる。政治、社会の圧力に左右される教育の歴史がよくわかる。
教育に対する「政策」のあり方を考える今、過去の有益な実践、失敗から学び、それを現在に生かすことができないだろうか。叫ばれる「英語力低下」をはじめ、英語教育を取り巻く諸問題への解答、更には英語教育の未来へのヒントは、過去を振り返るなかにあるのではないだろうか。『日本人は英語をどう学んできたか』はその過去への扉を開いてくれる書である。
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